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ただ「愛されたい」だけだった

こんばんは。先日こちらの記事で、周りと自分を比べてしまう自分のことを書きました。

ずっと比べて生きていくのは嫌だ - kinny528の日記

その後、またありありと比べてる自分を感じることがありまして・・

 

私の住んでる建物(団地)には外階段がついていて、うちはその外階段のすぐそばの一階の部屋なので、私もその階段を利用しています。最近私の真上の部屋の人が自転車置き場ではなく、その階段の下に自転車を止めるようになり、さらにその家の子供たちの三輪車やら車やらが散乱しはじめ、それが視界に入るたびにずっとイライラしていました。
止める場所じゃない所に止めているのだから、イライラする私の感覚が正しい、自治会に連絡して、駐輪禁止の張り紙をしてもらおうか、とまで考えてました。

 

で、私が正しい→ルール違反してる相手の行動をやめさせたい、みたいな心境って自分でも嫌だなって思っていて、ノートに書いていたら・・

①そもそも私はルール違反が許せないと言っときながら、その人じゃない人が駐輪していたら多分そこまでムカついていない

②つまりその人自体が嫌い→なぜ嫌い?

 

なぜ嫌いをどんどん突き詰めていったら「私よりたくさんのモノを持っているから」だったΣ(゚д゚lll)ウッソーン

モノって物質的な物ではなく、その人に対して言うなら・・まず若い、若いのにすでに3人の子供がいる、まあまあかわいい(声も)、仕事がある、そして今育休を取れてる、上の子供二人が認可保育園に入れてる(保育園激戦地区なのに)、結構な遠方の県から親が育児の手伝いにも来ている、旦那さんもきれいめ・・・とかとか。個人的知り合いでもないのに、こんだけ挙げられる自分にもマジでびっくり!!

 

それでも多分その人が自分が好感持ってる(性格よさげな)相手だったなら「○○さん恵まれてていいな~(でも性格いいからそれも納得~)」、くらいで終わってたかもなんだけど、すれ違って挨拶してもろくに返ってこないし、いつも敷地内で子供を𠮟りつけてるイメージしかなく、「それなのに(性格悪そうなのに)この人は私より恵まれている」って嫉妬が根底にあるんだなと・・・Σ(゚д゚lll)ガーン

 

それで、不思議なもんで自分のこの心のカラクリが分かった途端、止めてる自転車見ても何にも思わなくなった(笑)
その人に対しても何にも思わなくなった(笑)

そして、自分すっげーくだらないし小さいなって、ちょっと笑った。
ほんとに私の無駄なこだわりとか思い込みを、相手とか現象が発見させてくれてるだけなんだなあと。

 

そもそも、いつからこんなに誰かと自分を比べるようになったんだろう。たぶんきっと始まりは親との関係だったんだろうけど、いっぱい持っているモノがある(努力して何かをできるようになった事実とか)=褒められる=褒められる自分は価値がある、っていう思考回路からくるものなんだろうなと。

大きくなってからも学校の先生、友達、異性、仕事の上司や同僚などなどから、「好かれたい愛されたい」そのためにはたくさんのモノを持っていなくては・・と思っていたんだと思う。勉強ができるとか仕事ができるとかの分かりやすいモノだけでなく、例えば見た目に気を遣うとか、周りへの気配りとか、性格良い対応とかそういうのも、すべて愛を得るためにしてたかもしれない。だから、自分よりたくさんのモノを持っている人には無意識で脅威を感じるんだと思う。自分に注がれる好意とか愛情を持っていかれるような脅威。
そして努力しても手に入るわけではない生まれながらの才能とか、頭の良さとか、美とか持ってる人にはかなわない、とも思ってる。


なんにも持っていない自分では通用しない「愛されない」という恐怖に近い思い込み!・・・だから、真穂さんの「ただのオンナ」という生き方に惹かれたのか!!と。今更過ぎる発見・・
だからこそ、素のただの自分で生きることがそういう比べる世界から脱却するための生き方なんだなと、深く腑に落ちました。

 

始まりはただ周りに愛されて褒められたいだけだった。それゆえの「もっとたくさん持たなきゃ」だったんだな。
そのままの自分でも愛されるんだ、ということをこの人生で味わって生きてみたい。