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迷走終了。お前もっと真剣にやれ

1月後半から子供のことで、色々迷走しておりました。
30日に妊娠中からお世話になっているホメオパシーの先生に相談してから、状況が変わりましたので書こうと思います。

 

まず、きっかけとなったことは昨年10月の子供の1歳8か月検診で言葉が遅いので、二歳になっても増えないようなら電話ください、と言われたこと。さすがに二歳までこのままなわけない、と思っていたけど、誕生日一か月前の1月になっても一向に増えない。(増えたのは「イヤ」のみ)
さすがに・・と思ってネット検索などしてみたら、「発達障害」という文字が目に入る。そういえば子供の落ち着きがないのもめっちゃ気になっていた。もしかして・・?!そして、私の妊娠中の既往歴が発達障害の原因になりうる可能性あるという研究結果が私が出産後に発表されてたことを知り、Σ(゚д゚lll)ガーン、焦りだす。その結果が前回の日記です。

 

先生は30日の昼時に出張で自宅にきてくださり、図らずも、お昼時だったし普段の日常の様子を見ていただくこととなりました。先生の指摘は細かいのはたくさんありますが、大きくいうと2つ。


この子はすごくエネルギーが有り余っている。もっと外に出したほうがいいということ。今は体を思いっきり動かせるべき。体と脳が連動しているから。一年そういう生活をしてみてから判断してみるべき、と。

 

それと子供と私のやり取りを見ていて、この子はあまり怒られたことがない子供だと思う。「この子の問題でなく、○○さん(私)がダメなことはダメと注意しないせい」。そのせいで、この子はお母さんをなめているし(いうことを聞いてくれる)、泣けばなんでも許されると思っている。それで、このような行動性格になっている。それにお母さんがなんでもやってあげてるから、言葉を話す必要がないから話さないんだよとΣ( ̄ロ ̄lll)

 

私は正直、子供はなんでも面白がってやる生き物、ある程度好きにやらせたほうがよいのかなって思っていたので、生死にかかわることと、周りを傷つけたり迷惑をかけること以外はあまり注意してきませんでした。それは自分が小さい時にあきらかに危険なこと以外でも「ダメ」と言われるのが嫌だった記憶があったのもある(今回よくよく思い出したら、ダメと言われることじゃなく、ダメな理由が理解できないことが嫌だった)。それを伝えると「自由とは自分でつかむもの」であり、「ダメなものをダメと教えないことはこの子にとって不幸なことだ(世の中に出て初めてなんでも思い通りにならないと知るのはきついこと)」というようなことをおっしゃった。確かにその通りだ。。。

 

非常にショックでした。私は子供とずっといて一体何を見てきたんだろうと。自分自身に疑いをかけることなく、とんちんかんな暴走をしていた。情けない、恥ずかしい。

 

とりあえず、30日の午後から外で長い時間過ごすことをしてみた。
そしたら丸一日経たないうちにすぐ子供の様子が変わった。

 

まず、ご飯をめちゃくちゃ食べるようになった真剣に。←遊び食べをしたり残すことも多かった。その割にあとから口さみしいのか冷蔵庫を叩いて食べ物を要求してきたが、その行動がなくなった。食べたくないものを、皿から取って床に捨てる癖もあってずーっと注意しても直らなかったのに、お腹すいてるせいか全くやらなくなった。


外で長い時間遊んで気が済むのか、家では一人で車で遊んだり本を読む時間が増えた。←いつも、かまってかまってな感じで、本を読んでもらいたがっていたのが、半分くらいになった。

 

通っているリトミックの直前に「今日はソファに行かないでね。紙をはがさないでね。」と目を見て言い聞かせをしたら、だいぶ行動が変わった←いつも勝手に出口に走っていったり、ソファにダイブしたり、張り紙をはがすなどしていたが、回数が激減した。

 

昨日今日と1日トータル4~5時間と、今までの倍の時間出ている。でも夜も早く寝てくれるし、不思議と私の時間は増えた。

 

これだけ現実が一瞬で変わったのだから、きっと今のうちの子にはこの生活が正解なのだろう。つまり私が原因そのものだったという事実。そして、私がズレまくっていたのは、なぜだろうと考える。
その答えは「お前ぬるいんだよ。もっと真剣にやれ」って子供を通して言われている気がした。私が正解にたどり着くまで時間がかかりすぎるのは、自分にぬるいからなんだ。。。

 

自分のことなのに、自分の子供のことなのに、第三者の視点を導入しないと気づくことができない自分が本当に情けないと思うが、これが今の私の真実。受け止めなければいけない。
色々調べて不安になってたのも、きっと心に暇があったからだ。今子供とずっと外にいる生活になったらそんな考え事してる時間はない。し、実際ことばのことも全然気にならなくなった。

 

時を前後して、真穂さんからメールでありがたいアドバイスをいただけた。読んで、悩みを作り出して人生を忙しくしてる自分、色々疑わない(今回は一番疑うべき自分も疑わなかった)自分に気づかせていただいた。真穂さんはそういうところを見たり感じたり疑ったりしているんだ、視点が俯瞰というか大きく高いところから見ているのがやっぱりすごいなあ、と思った。

 

今回のことはとっても大きく自分に絶望した出来事でした。。。真穂さんのコースが終わった時にこの絶望が来たのも意味があるんだと思う。「人に頼ってばかりじゃなく自分であがけよ」って。

大学卒業するときにゼミの先生から、寄せ書きに「●●さん(私)は自然体がいいのでしょう。でももっと あがいてみて」と書いていただいた。当時は何とも思わなかったその一言が、16年の時を経てずしっと刺さって来る。私はあがいてなくて、あがいてない自分であることにも気づいていなかったと思う。今あがかなくていつあがくんだ。

 

子供を注意するとき、何か言い聞かせるとき常に自分自身を問われる。お前はそういうことを伝えれる人間なのか?自分はどうなんだ?その言葉は自分のためなのか、子供のためなのか?
子供を通して自分と向き合う。


先生が「子育ては命がけなんだ」よと言った。
私は命を懸けていたと言い切れるんだろうか。どこかふわふわしてなかったか。なんか、自分に都合よくばっかり考えてなかったか。
きっとどのくらい一緒にいたかではなく、短い時間でもどれだけ子供と真剣に向き合ったかどうか、ということなんだと思った。

 

頑張れ自分。一人劇場おわり。